本記事では調査項目を8つに分類して解説していきます。また、入門編では各項目の大まかな考え方、概要のみを解説します。それぞれの詳細や具体的な調査方法については、実践編で解説をしますので、まずは全体像を何となく掴んで頂ければと思います。
監修者
宅地建物取引士
荒川 竜介
新卒から合計4年半不動産仲介の現場に従事。 その後、マンションリサーチ社の執行役員を経て、2018年12月にミカタ株式会社 代表に就任。実務者目線で「使える情報」の発信に重きをおいています。実務者目線で「使える情報」の発信に重きをおいています。
監修者
宅地建物取引士
荒川 竜介(プロフィール)
そもそも役所調査とは?
役所調査は不動産を売買するには、必ずやらなければならない業務です。しかし、いきなり詳細を説明してもわかりにくいので、不動産売買の全体像からつかんでいきたいと思います。
売買取引には「契約書」が必要になるのは何となくイメージがつくのではないでしょうか。ただ、不動産の取引は契約書だけではできません。もうひとつ「重要事項説明書」という書類が必要になります。(実際には状況によって更にいろいろ必要になりますが割愛します)
重要事項説明書というのは、不動産会社が購入希望者に対し、契約に先立って購入を決断するにあたって重要な情報を説明する書類です。「この不動産はこんな注意点がありますから、了承のうえで買ってくださいね」といった内容がぎっしり記載されています。
さて、突然ですが重要事項説明書の実物を見たことがある人はほとんどいないと思いますので、イメージ画像をのせておきましょう。手元にあった2冊を撮影してみました。
あくまで一例でしかありませんが、どうでしょう、想像よりも分厚くないでしょうか?
そうなんです。ケースバイケースではあるものの、不動産売買の重要事項説明書はかなりのボリュームがあるのです。せっかくなので中身も少し見てみましょう。
目がチカチカしますね。未経験の方には、書いてある内容もよくわからないと思います。この画像は重要事項説明書の中で建築基準法について説明をしている欄で「この土地に建てても良い建物の大きさはこれくらいですよ」とか「建物の用途は◯◯ならいいですけど、✕✕はダメですからね」といった建築に関するルールが書かれています。
購入希望者はこうした説明を事前に受け「これなら私の希望通りの建物が建てられそうだ!買おう!」とか「✕✕の用途がダメなら買っても意味がないじゃないか!買わない!」といった判断をする訳です。
さて、ここまでの説明で売買取引に欠かせない重要事項説明書(長いので今後は重説としましょう)について、イメージがわいてきたかと思います。重説はあれだけ分厚くなることもあるくらいですから、作成に必要な情報は多岐に渡ります。しかし、その多くは市役所や区役所などのお役所で情報収集をします。この役所で行う調査が「役所調査」なのです。
8つの役所調査項目をわかりやすく解説
先にこれから解説していく8つの調査項目を列挙しておきます。
- 都市計画法
- 建築基準法
- 道路
- 建築確認・検査済証
- 都市計画法、建築基準法以外の法令
- ライフライン(電気・ガス・上下水道)
- 防災
- 土壌・水質汚染
お勤めの会社、会社が所属する業界団体によって、文言や表現が微妙に違うところがあるかもしれませんが根本の法律は一緒ですから、そこまで影響は大きくないでしょう。本記事においては、調査項目を上記8つに分類して解説していきます。また、入門編では各項目の大まかな考え方、概要のみを解説します。それぞれの詳細や具体的な調査方法については、実践編で解説をしますので、まずは全体像を何となく掴んで頂ければと思います。
1. 都市計画法
「都市計画」という名前からしてかなり大きい感じがしますね。法律そのものが「都市」という大きさを単位としており「この辺は人が住みやすいように道路とか公園とか、いろいろと整備していこう」とか「こっちは自然も豊かだし人里から離れているからあまり手を入れないようにしよう」といったような、まちづくりの方向性をざっくりと決めていくというイメージの法律です。念のため、正式な条文も引用しておきます。
(目的)
第一条 この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
-都市計画法(昭和四十三年法律第百号)令和4年12月16日施行-
ちなみに、今後紹介していく不動産関連の法律は、基本的にこの都市計画法を土台にしています。記事の中でも最もボリュームが大きい建築基準法も、都市計画法とは親子関係にあり「都市計画法が親、建築基準法が子」と捉えても差し支えありません。大枠を都市計画法で定め、細やかな規定を建築基準法で補完しているような関係性です。
さて、都市計画法の調査にはいくつかのポイントがありますが、実務で優先度が高いのは「都市計画道路」についての理解です。
いきなり言われても全くイメージがつかめないと思いますので、例として「高速道路」や「片側3車線以上」などの大きな道路を思い浮かべてみてください。全てがそうではありませんが、整備される前と後で周辺の環境・交通量まで変わってしまうような大きな道路は、都市計画道路の代表的な事例です。そして、大きければ大きいほど、完成までには様々な手続き・工事があり大変な事業となります。その結果、都市計画道路の中には「いつかここには大きな道路を作ろう!」という計画が決まっているものの「未着手」または「着手しているが未完成」の道路が数多くあります。
この完成していない道路が重要で、仮に事業が進んだ場合には周辺環境が大きく変化するリスクを抱えています。それを購入検討者に伝えなければなりません。購入検討者の気持ちになってみるとわかりやすいでしょう。
あなたは買おうか迷っている土地があります。見に行ったところ、周辺は落ち着いた住宅街で住み心地も良さそうです。その他の希望条件も満たしているので魅力的に感じています。しかし「もしかしたら目の前に大きな道路ができるかもしれない」という噂を耳にしました。どうでしょう、気になりませんか・・・?
- かもしれない?できるの?できないの?
- いつ頃なの?
- 大きいってどのくらい?
- 工事ってどのくらい続くのかな・・・
こうした情報は全て、購入するかどうかの判断に影響を及ぼす可能性があります。「目の前が幹線道路になるなんて知っていたら買わなかった!」と訴えられるようなことがあってはなりません。そのために、計画を管轄している役所で情報収集を行う必要があるのです。
さて、都市計画法については道路のほか、公園の整備や区域区分、市街地開発事業といったトピックはまだまだあるものの、詳細は実践編に持ち越しておきたいと思います。
2. 建築基準法
建築基準法については、重説の中身を見ながら少し説明しているのでなんとなくの雰囲気は感じて頂けているかもしれませんね。調査時に大事なのは「調査対象の土地にはどんな建物が建てられるか?」という視点です。建物の大きさや高さの限度、建材の燃えにくさ、外壁の位置・色味など、地域によって様々なルールがあったりなかったりするので、それらを調べて購入検討者に説明しなければなりません。
例を挙げておくと「閑静な住宅街」と「駅前の商店街」では、街並みが全く異なりますよね? それは都市計画法と建築基準法によって地域ごとに下記のようなルールが定められているために、違いが生まれています。
▼閑静な住宅街の場合
この辺に建てて良いのは2階建てまで!
敷地にゆとりを持たせてお隣に近づきすぎないように!
▼商店街の場合
階数は6階くらいまでなら全然OK!
敷地を有効活用できるようにお隣との距離は最小限でいいけど、防災のために燃えにくい建材にして!
こうした地域ごとの細かなルールを購入検討者に伝え、希望を満たせる物件かどうかを判断してもらうために調査・説明を行うのです。
建築基準法は役所調査の中でも確認項目が多く、専門用語が多いので最初は戸惑うことが多い領域です。新人さんの役所調査あるあるとして「役所の窓口で言われたことが呪文にしか聞こえず絶望する」というのがありますが、慣れればちゃんとわかってきますので大丈夫です。窓口で担当者さんに質問したらおもむろに「イッテーソー、ヨンパチ、ジュンボー、10m第1種、3時間2時間、1.5m」とか言われたりしますが、大丈夫です。
ますますよくわからないと思いますが、ちゃんと個別解説でフォローしていきますので大丈夫です。少しずつ慣れていきましょう。
3. 道路
道路については、厳密にいえば「建築基準法」の範囲なのですが、役所調査のキモといえる要素で、重要度が非常に高いのであえて独立した項目にしました。
不動産の価値は道路に大きく左右されます。全く同じ大きさ・形状をした土地であっても、接している道路次第では価値が半分以下になってしまうような事例があるほどです。詳しくは個別解説に持ち越しますが、一口に「道路」といっても不動産の視点から見ると様々なパターンがあり、不動産の価値を底上げする場合もあれば、大きく損ねてしまうことも少なくありません。調査したい不動産がどういったパターンに該当しているのか、それを調べるのが道路調査です。
ちなみに、道路調査において最も重要なのは「接道義務」というルールです。「建物を建築するには、建築基準法による道路に、2m以上接した土地でなければならない」というもので、これを満たしていないと建築ができません。「建築基準法による道路」というのが重要で、見た目が道なだけではダメです。きちんと役所が道路と認められたものでなければなりません。
したがって、道路調査では下記2点を最優先で確認します。
- 建築基準法による道路か?
- 2m以上接しているか?
どんなに広い土地であっても条件を満たしていなかった場合、不動産にとっては致命的です。建物を建てずに使うしかありませんから、資材置き場などの限られた用途で活用するしかありません。用途が限られれば必然「欲しい」と思う人は少なくなり、需要のない不動産は価値が下がってしまいます。冒頭で申し上げた「価値が半分以下になる」というのは、まさにこうした「接道義務を満たしていない場合」が代表例でしょう。不動産の価値がガラリと変わってしまうほど影響力があるのが「道路」なのです。
4. 建築確認・検査済証
ここまでにお伝えしたように、建物を建てるには様々な法令による制限を受けます。「定められた上限以上に大きい」とか「接道義務を満たしていない」といった場合には建物は建てられません。そして建築基準法では各種法令がしっかり守られるよう、チェックする仕組みを用意しています。それが「建築確認」という制度です。
建物を建築するには、役所に対して「こんな建物を建てます」と着工前に届け出なければならず、この届出を「建築確認申請」といいます。役所は提出された資料を基に、各種法令が守られた適法な建築物であるかを確認し、問題なければ「建築確認済証」を発行します。ここまで完了して初めて着工が認められるのです。
また、工事が完了した後も「ちゃんと届出どおりに建築したか」というチェックを受けなければなりません。この最終チェックでも問題なければ「検査済証」という証明書が発行され、一連の手続きは完了です。
建築確認を調査する目的は「遵法性の確認」で、既に建っている建物が建築確認を経て建築されているかを調べます。役所で建築確認済証も検査済証も発行されていることが確認できれば、恐らく法律を守って建てられた建物だということがわかるためです。
しかし、中には「建築確認済証はあるが、検査済証がない」といったような事例もあります。この場合「建築確認までは法令を遵守していたが、計画通りに建築されず、検査済証の発行を受けられなかった違反建築物」かもしれず、慎重に調査をしなければなりません。具体的な調査方法などは、また個別解説の中で触れていきたいと思います。
5. 都市計画法、建築基準法以外の法令
ここまでは都市計画法、建築基準法という2つの法律について解説してきました。ここからは、それ以外の法令制限についてですが、これについては見ていただいたほうが手っ取り早い部分があるので先に資料をお出しします。
このようにめちゃくちゃ数があります。とはいえ、これら全てについて説明したことがある方はかなり少数でしょう。担当される地域によって、使うものと使わないものがはっきりわかれてくるので、ご自身の営業エリア内で使うものを優先的に、実際に取り扱ったものから少しずつ覚えていくのがおすすめです。
例えば私の場合ですと、港区の案件が多かったのですが羽田空港が近いので航空法はよく重説に記載していましたし、あとは図には記載がありませんが、電波法も東京タワーが近いので頻出していました。このように地域性が出やすい領域なので詳細は触れずにおきたいと思います。
※ちなみに実践編では事例数の多い法令に絞り込み、以下の5つを解説します。
- 土地区画整理法
- 公有地拡大推進法 & 国土利用計画法
- 農地法
- 宅地造成及び特定盛土等規制法
- 文化財保護法
6. ライフライン(電気・ガス・上下水道)
「ライフライン」「電気ガス水道」「水光熱」、このあたりの呼称は日常生活では身近な表現ではないかと思います。なのでこの資料内でも見出しの表記は「ライフライン」としていますが、不動産の実務ではあまり使わなかったりします。上記の呼称はいずれも「供給網」という意味合いが強いように思いますが、不動産業においては「水道」というと「下水」の話もありますので、供給以外の側面も強いからかもしれません。
この調査項目では、対象となる物件のライフラインについて、現状を詳しく調べ「なにを・どのように・いくらで利用できるか」説明できるようにする必要があります。また、考えられるリスクを洗い出しておくのも非常に重要な作業です。例えば「水道管が古く細すぎるので、太いものに交換しなければ生活に支障がありそう」とか「現状の水道管がお隣の敷地を経由しているのでそのまま使えない。工事で新しく設置する必要がある」といった情報です。
ただ、ライフラインついては都市部のマンションですと「使えて当たり前」という側面も強く、都市部では詳しい調査経験がない方も少なくありません。都心勤務・マンションがメインの場合は学ぶ優先度は低い調査項目でしょう。
7. 防災
「防災」の項目では、調査対象となる不動産が、どのような災害のリスクがあるのか、また被災時に想定される被害規模はどの程度なのか、といった情報を扱います。激しい災害が増加傾向にある昨今、購入検討者の関心も以前より増してきており、購入判断に大きな影響を及ぼす情報になりますので、慎重に調査を進めましょう。
具体的には、各種災害に関する条例やハザードマップを中心に調査をします。
調べる内容としては、土砂災害・津波など「何かしらの災害警戒区域に指定されていないか?」と「ハザードマップの有無とその内容」が主な確認項目です。
ちなみにハザードマップとは、水害や地震などの災害が起きた場合をシュミレーションし、地域ごとに想定される被害の範囲や程度を表示した地図のことです。大雨等を理由とした洪水のリスクを示した「水害ハザードマップ」を例にすると、川沿いを中心に、大きな被害が予想される地域は危険を表す「赤」、川から遠ざかり被害の度合いが減っていくと徐々に「赤色~黄色~緑~青」と、色合いが変わっていくようなものが多いです。
災害警戒区域については崖状の地形などが多い起伏の激しい地域か、海沿いである場合に該当している可能性が高まりますが、該当していない場合も「警戒区域の指定が終わっていないので未指定なだけで警戒は必要」という地域もありますので注意が必要です。担当するエリアの市区町村が発信している防災関連情報には一度しっかり目を通しておき、地域全体としての災害リスクを把握しておくのが理想ですが、慣れるまではとりあえず「ハザードマップは全種取得して目を通す」というのがおすすめです。
8. 土壌・水質汚染
「土壌・水質汚染」の項目では、有害物質を理由とした健康被害のリスクについて調べていきます。基本的には周辺一帯が過去から現在に至るまでに「どういった用途で使われてきたのか」が重要です。
「有害な化学物質を使う薬品工場があり、薬品の一部が土壌に染み込んでいる」というようなわかりやすい例もあれば、身近で意外な例をあげていくと、クリーニング屋さんの跡地が該当することもあります。洗剤の中には有害なものもあり、土壌汚染が認定される可能性があるためです。
調査方法としては、一定の化学薬品について利用履歴がある場所を役所側が台帳にまとめているので閲覧したり、場合によっては古地図から読み解くようなこともあります。
ちなみに、土壌汚染に関する法律の代表的なものに「土壌汚染対策法」があります。実は皆さんは既に1度目にしているはずで、「5. 都市計画法、建築基準法以外の法令」でお見せした表を見返していただくと54番に記載されています。
土壌汚染対策法の調査は、まず土壌汚染対策法によって汚染が認められる区域に指定されていないかを確認することになります。ただし、この区域というのは「土壌汚染調査を既に実施しており、汚染を確認できた」という場所を指しており、指定箇所はあまり多くはありません。恐らく、実際に土壌汚染対策法について重説で取り上げる機会も限られるのではないでしょうか。
ただ、東京都では土壌汚染対策法よりも細かい規定を設けた「環境確保条例」というものがあります。これにより市区町村は、土壌汚染のリスクがある工場や、特定の用途で使われる場所を一覧にした台帳を備え付けることになっています。土壌汚染の調査時には、土壌汚染対策法による指定区域だけでなく、この環境確保条例による台帳も確認し、敷地内や隣接地などに土壌汚染リスクがないかを調べるべきでしょう。
また、土壌汚染とは異なりますが、近しい話題として水質汚染についても、リスクのある施設を一覧にする台帳があり、土壌汚染と同じ窓口で閲覧できることも多いのでまとめて確認をするようにすると調査が進みやすいです。
役所調査入門編のまとめ
本記事で解説する8つの調査項目についての概要は以上です。まずは重説や役所調査がなぜ必要なのか、どういった役割なのか、全体像がぼんやりとでも見えていれば幸いです。実践編では8つの項目それぞれについて、より具体的な調査方法など深掘りをしていきますが、いきなり全てを理解するのは非常に難易度が高いです。実務を経験しながらおぼえていくことも多いので、あまり気負いせず読んで頂ければと思います。
監修者
宅地建物取引士
荒川 竜介
新卒から合計4年半不動産仲介の現場に従事。 その後、マンションリサーチ社の執行役員を経て、2018年12月にミカタ株式会社 代表に就任。実務者目線で「使える情報」の発信に重きをおいています。